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【Vol.1】『FF VIIの背景&仕様を作った神崎氏が語るテクニカルアーティストして生涯現役で活躍する秘訣』 クリエイターヒストリア#2

クリエイターヒストリアとは

クリエイターヒストリアは、ゲーム業界でお仕事をしているデザイナー、プランナー、マーケターなどのクリエイター向けに、キャリアパスをテーマに実施するセミナーイベントです。業界で成功を納めているクリエイターはどのようなキャリアを歩んで行ったんだろう…今に至るまでの努力や道のり、人生の転機等その歴史に迫っていきます。
今回は、神崎さん登壇イベントのレポをお届けしたいと思います!

 『FF VIIの背景&仕様を作った神崎氏が語るテクニカルアーティストして生涯現役で活躍する秘訣』
Game Creators Guild(ゲームクリエイターズギルド)主催。
第二回は、ゲームグラフィックの常識を大きく変えた「ファイナルファンタジーVII」に携わり、現在もテクニカルアーティストとして第一線で活躍する神崎建三氏をゲストにお迎えし、インタビュアーのゲームクリエイターズギルド主催の宮田が、キャリアの歴史を紐解きます。

詳しくはこちらから!

イラストレーターとしてニチブツでゲーム業界デビュー

宮田氏

本日はお越しいただきありがとうございます、よろしくお願いします。まずは簡単な自己紹介的なものをいただいてもよろしいですか。

 

神崎氏

現在テクニカルアーティストをしています、神崎です。オズネックという会社をしています。

宮田氏

はい、ありがとうございます。それでは神崎さんのヒストリーという事で…めちゃくちゃ波乱万丈な歴史を辿ってきているので、そこをどんどん聞いていきたいと思います。

簡単にクリエイターヒストリアの説明をすると、クリエイターのキャリアの中で小さな実績とか、これを達成した!というのが各々あると思うのですが、それらが認められて、次のヒストリーポイントに繋がっていって、クリエイターとしての歴史やストーリーが積み重なっていた結果、ヒストリーが出来上がっていくとGCGとしては思っているので、有名なクリエイターさんたちのヒストリーを聞ければな、という思いで本イベントを組んでいます。

神崎氏

なるほど。僕みたいな小物が2番目で良いのですかね…。

宮田氏

いやいや、全然。事前にインタビューさせていただいたときにも思ったのですが、面白い話が盛り沢山な人生で、逆に所定時間内に入りきるようにコンパクトに収めないと…(笑)。そんな訳で、早速ヒストリーポイント➊にいきたいとおもいます。クリエイターのスタート地点、クリエイターになったきっかけとのことなのですが、専門学校からニチブツさんに入社。

神崎氏

そうですね。専門学校の時に「ドラゴンクエスト」にハマって、その影響でゲーム業界を目指すようになりました。色々受けた結果、入れたのがニチブツさんでした。元々はドラクエみたいなゲームを作りたい、と思っていたのですが業務用の「脱衣麻雀」を作ることになったり、デッサン上手だよね、と言われて裸の絵を描いたりしていました(笑)。

宮田氏

ニチブツさんって、僕とかだと結構有名な会社なのですけど、今の若い人は多分あまり知らないですよね…。物流の会社なのかな?って思いそうですよね。

神崎氏

そうですよね、なんで「日本物産」という名前なんだろう、と僕も思いましたからね。

宮田氏

アーケードとしては知名度もあって、大きな会社ですよね。当時の有力会社の一つ。そこにイラストとして入って、さっき仰ったようなアダルトゲームを作って、下積みの経験を重ねた感じでしょうか。

神崎氏

そうですね。でも、その時に覚えた静止画の描きかたとか、ドット絵も扱っていたので、その時習ったものは当時も、今もすごく役に立っていると思います。

宮田氏

なるほど、なるほど。時期的には丁度スーパーファミコンが出た位の時ですかね。他にも、PCエンジンのタイトルとかにも関わっていて、「ダイハード」と記されているのですが、映画系のプロジェクトにも携わっていた、ということですかね。ヒストリーポイント➊から繋がるポイント➋に…様々な下積み経験中や、「ダイハード」制作中も一緒だった先輩が誘ってくれて転職に。

神崎氏

あ、そうです。先輩が最初にスクウェア(現スクウェア・エニックス)に転職されて、そこから僕にも声をかけていただいて、スクウェアの大阪開発スタジオに回されました。

先輩からの声がけで、スクウェアに転職

宮田氏

でも、それも今までのプロジェクト…「ダイハード」とかもきちんと仕事としてやりきっているので、声がかかったのだと思いますよ。仲の良い先輩だったのですか?

神崎氏

結構仲良かったと思いますよ。麻雀のプロジェクトから一緒にやっていた人なので。

宮田氏

イラストレーターとして腕を認めてもらえたのもあったのですかね?

神崎氏

そう思いたいですね。スクウェアはその当時結構モンスターの絵を描いていたのですが、僕は背景を担当していました。

 

宮田氏

あ、そうなのですね。ニチブツさんでも結構背景は描かれていたのですか?

神崎氏

描いてなかったですね。ニチブツの時は人物ばっかり描いていました。昔は、背景が花形という認識だったのですよ。で、僕はどちらかというと花形の方に行きたかったのですよ(笑)。

宮田氏

あ、そうなのですね!それは結構面白いですね、今だと結構人物が花形だという認識の方が主流だと思うので。それじゃあ背景は世界観とかも含めてデザインしていた感じでしょうか?

神崎氏

そうですね。当時は自分でデザインして、ドット絵も描いて…というのが普通だったので。

 

宮田氏

では、キャリアのネクストステップとして、背景にも関われるような仕事を目指して、スクウェア大阪に移動したのもあるのですかね。

神崎氏

そうですね。それこそFFVのスーパーファミコン用の背景に関わった時は衝撃を受けました。スクウェアさんのタイトルはどれも背景にめちゃくちゃこだわりがあって、特に水の描きかたが綺麗でしたね。

 

宮田氏

なるほど、そんな感じで憧れの思いもあってスクウェアに。トラックレコードの方を見ると結構苦労されたようですが…。

神崎氏

そうですねぇ。3年間位くすぶっていたというか…結局ほとんどスーパーファミコンでタイトルを出せなかったのですよ。

 

宮田氏

大阪スタジオの方が結構難しい状況で、中々タイトルを出せず、ここでも下積みみたいになったのですよね。そういう中でも結構トライはあったと聞いたのですが。

神崎氏

何本分かの絵は描きましたね〜(笑)。

Final Fantasy VII 始動!

宮田氏

世には出ていないけど、そこは大きなスキルアップがあったというか…そこでがっつり下積みしたからこそ学びの期間になったのかな、と。次のヒストリーポイントに移るのですが、ここでタイトルでも出させていただいている「Final Fantasy VII」…ビッグタイトルにようやく携わることになったのですよね。どういうきっかけで声がかかったのですか?

神崎氏

この時が本当に人生の転機というか…ラッキーでした。丁度その時に東京本社の方に移動となって、FFVIIのプロジェクトが立ち上がった時にその制作チームに入ることができました。FFVIIは3Dでやりましょう、という話が持ち上がって、3DCGを専門にしている人たちが何人か会社に来ていたのですが、ゲームの仕様も、3Dも分かる、という人がいない中、僕は家でMacを使って3Dを独学でいじっていたので仕様とか、手触りも理解していたのですよね。

宮田氏

なるほどですね。今の若い子だと「3DCG、なるほど」という感じだと思うのですが、当時はそういうの全然なかったですものね。それこそ、ゲームで本格的に3Dを使ってRPGを出したのはFFVIIが初だと思います。スクウェアさんとしても、プレイステーションとしても多分勝負のタイトルですよね。

神崎氏

そうですね、3DCGは映画の技術でしたね。スーパーファミコンでも「スーパードンキコング」みたいなレンダリングした…バタバタアニメみたいな2Dと3Dの中間みたいなのはありましたが、がっつり3DCGはFFVIIが初だと思います。勝負と言えば、そもそもプレイステーションに移ったこと自体が勝負でしたね。

 

宮田氏

そうでした。元々は任天堂の64用に開発していましたものね。

神崎氏

そうです。当時は「ウルトラファミコン」と呼んでいましたが…。

 

宮田氏

え(笑)。そういう名前だったのですか?僕、それ初めて聞きました(笑)。元々はNINTENDO64で開発を進めていたのですが、紆余曲折あって、プレイステーションに移ってハードとしての表現力も変わりましたね。

神崎氏

ムービーとかは全然考えていなかったので、最初見た時はびっくりしましたね。

 

宮田氏

FFVIIも順風満帆に進んでいるかと思いきや、滑り出しはすごく大変だったのですよね…。

神崎氏

そうですね…。みんなまだ3DCGの事詳しく知らなかったのに、グラフィックステーションで400万位するような機材と、300万位する映画を作るようなソフトをいきなり渡されて、ディレクターの人に「来月発表があるからこれで何か作ってくれ」と言われてみんなてんやわんや。それでもなんとか作って、ちゃんと発表したので…びっくりしましたね。

 

宮田氏

発表スケジュールはもう決まっていて、それに合わせて何か作るという…。

神崎氏

はい。CMとかも流れて、FFVII始動!みたいな。

 

宮田氏

初めての3Dを広めるみたいな…。当時結構インパクトも大きかったですよね。未だにYouTubeに当時の反響映像とか載っていますからね。それがまさか1ヶ月で作られていたとは。因みに色々既に作られていた後での、1ヶ月であれだったのか、ほとんど制作物ゼロからの1ヶ月だったのですか?

神崎氏

その前にサンプルみたいなものは作っていたと思うのですが…ほとんどゼロイチでしたね。

 

宮田氏

ゲームはそこからなが本番なので、色々作っていく必要がありますよね。神崎さんは基本的に背景とか3Dマッピングがメインでしょうか…?

神崎氏

そうですね。でも当時は、自分でデザインもして、モデリングもして、レンダリングもして、って感じで…その時ライティングとはレイトレーサーでレンダリングしていたので4時間位かかったのですよね。それが本当に大変で…。

 

宮田氏

黎明期ってわけではないですけど、その時は3Dと言えば、全部含まれてましたものね。

神崎氏

ムービーも自分で作って、そのあとのアフターエフェクトとかも、って感じでしたね。まあ、その当時は背景に関することは全部背景班が作るのが当たり前だったので、やるしかないのかな、という感じで動いていましたね。今考えたら、本当すごいですよね。

 

宮田氏

それは何人位で…?

神崎氏

十何人位だったかな、と思うのですが、そこにCG班が加わって、外注の人も入れると、合計100人位になるかな。

 

宮田氏

大規模プロジェクトですね。どこまで聞いて良いのか分からないのですが、結構威勢の良い話もあったとか…。

神崎氏

ありましたね(笑)。「これがダメだったら会社終わりだから」という脅しみたいなことも。

 

宮田氏

あら…。でも、その分頑張った分はめちゃくちゃ還元していましたよね。

神崎氏

そうですね、ストレスで15kgとか増えましたからねぇ(笑)。

でもバックも、会社の掲示板にロイヤリティ制度、と張り出されて頑張った人には一本いくら、それぞれ振り分けますと言われて、これはもうやるしかないと。いつかは運転したかったフェラーリもこれで手が届くかもしれない!となり(笑)必死こいてやりました。でも、それで認められて、中古ですけどフェラーリも買えたのですよ。その時は景気も良かったので…。

 

宮田氏

めちゃくちゃ大変だったけどその分バックも充実していたのですね。でも、そういうのもう中々ないですよね。体壊すんじゃないかと…。まあ、色々あって、FFVIIも無事に発売となって、みなさんご存知の通り大ヒット。それこそトラックレコードですよね!その実績も、さっきお話しされていたように、下積み期間にご自分でMacを使って勉強されていた事が実った結果ですものね。

神崎氏

そうですね。それ以外にも、新しいこと興味があった、というのもありましたね。

 

宮田氏

なるほど!FFもVIII以降、リードのアーティストとして背景の方で活躍しつつも、そのまま突き詰めるかと思いきや、当時のスクウェアさんって化物クラスのクリエイターさんたちが集まっているというか…。

神崎氏

はい。あとは、VIIIが終わった時位からリアルポリゴンのゲームが主流になってきたのですよ。そこで一旦、じゃあ自分はもう絵の方に集中しようかな、という気持ちもあったのですが、スクウェアには絵が上手い人は五万といるのですよね。これは勝てない、じゃあどうしようかと考えた時に、絵が上手い人ができないことって基本的にプログラミングなのですよね。だから、それを両方できるようになっておけば、なんとかやっていけるのではないか、と思ってちょこちょこプログラミングの勉強を初めて、今のテクニカルアーティストという場所に繋がりました。そもそも始めた当初はこういう職業もなかったのですが今と同じようなことはやっていました。

テクニカルアーティストとしての道を歩み始める

 

宮田氏

なるほど。そこで、「ファイナルファンタジー・クリスタルクロニクル」が結構チャレンジとなったようですが、その辺り詳しく聞いても良いでしょうか。

神崎氏

MAYAのスクリプトをいっぱい書いていましたね。マップリストをCGIで…Rで書いたり…。

 

宮田氏

その当時はアートの分野にテクノロジーを持ち込む、という発想自体が多くなかった時代ですよね。

神崎氏

そうですね。結構みんなプログラマさん任せだったのですけど、やっぱりこうやったらもっとアーティストが手を動かせるとかありますので。エクセルもありますが、マクロで一気に処理するにはプログラミングが出来ないと不可能なので。プラグインとかも積極的に作っていました。

 

宮田氏

確か他にも、当時の3Dだとシェーディンとかもなくてみんな手付けでしたよね。化物たちに勝つため…ではないけど、競い合っていくために新しい武器を手に入れた、ということですね。

神崎氏

ゲーム機の切り替えがチャンスだったりするのですよね。イノベーションは手を早く出した方が勝ち、という風習もありましたしね。

 

宮田氏

本格的にプログラミングを学び出したのも30歳とかですよね。そんな時にFFVIIみたいなヒットタイトルでアートとして活躍した経験を持ったら、そのままアーティストとして全振り、ともなりそうなものですが…。元々新しいものを学ぶのは好きですか?

神崎氏

好きですね。あまり意識していたわけでもないのですが、気付いたらやっていた、みたいな感じですね。結構周りの人はそのまま管理職になったりとかが多いのですけど…。

 

宮田氏

そうですよね。そこで敢えてプログラミングを…。Rの強化そも買って。

神崎氏

その時たまたますごく分かりやすい本があったのですよ(笑)。

 

宮田氏

学ぶ力ってすごく大事というか…それが繋がった上でのトラックレコード、新しいチャレンジで市場を驚かせる、ですよね。学びを実際のプロジェクトとしてアウトプットしていく、それが実績となって次のヒストリーに繋がっていく例が多いですね。

長い下積み経験を通じて、アートの面で着々とレベルアップしていった神崎さん。FFVIIで背景アーティストとして活躍、その後もリードアーティストとして仕事を続けるも、同士のクリエイターたちと競い合うために新しい武器として、プログラミングも習得!テクニカルアーティストとしての道を歩み始めました。
Vol.2では、テクニカルアーティストの道を突き進んでいった神崎さんの軌跡、そして新しいことを学ぶことに対して貪欲な取り込む様をレポートしていきたいと思います!

つづく!

登壇者ご紹介♪

神崎 建三(かんざき けんぞう)氏

30年以上、ゲームクリエイターとして活躍。主な関わった作品は、Final Fantasy VII,Final Fantasy VIII,Final Fantasy Crystal Chronicle。
2013年にスクウェアエニックスより独立し、FFVIIリメイク、FFCCリマスターにも関わる。キャリアのスタートは背景デザイナーから始まり、現在は主にテクニカルアーティストとして活動。Unreal Engine やUnityをメインに仕事を受け承っている。

■宮田 大介(みやた だいすけ)
株式会社オルトプラス ゲームアライアンス事業執行役員/ゲームクリエイターズギルド主催
大学卒業後、在学中にお世話になった職人の元へ弟子入り、鉄材があれば何でも作れる職人のものづくりをネットビジネスの視点から支援。
設立間もないオルトプラスにフロントエンジニアリング兼なんでも屋として参画。プランニング部部長、第二ゲーム事業部の事業部長等を経て、オルトプラスもマザーズ、東証一部上場と成長。その後、日中韓での3拠点でのゲーム新規開発プロデュースや韓国支社の立ち上げメンバー、高知にてSHIFT社とのジョイントベンチャーの立ち上げなど、諸国を放浪する。
現在は、ゲームアライアンス事業を設立。ゲーム会社同士のマッチングコミュニティサービスである「ゲームコミューン」やゲームクリエイターの相互教育コミュニティである「ゲームクリエイターズギルド」、ゲームのマーケティング事業等、ゲーム業界を活性化するための新規事業の立ち上げを行っている。
▼ゲームコミューン
https://www.gamecommune.jp/
▼ゲームクリエイターズギルド
https://game.creators-guild.com/

ヒストリア#3にも是非ご参加下さい!

 クリエイターヒストリア#3


第3回は、あのPlayStationのスタジオ長の経験を経て、「XI(sai)」「どこでもいっしょ」などの名作をプロデュースされた桐田氏をゲストにお招きし、ゲーム業界歴40年にわたる歴史を紐解いて参ります。
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▽ゲームクリエイターズギルドSEED LINE

Game Creators Guildとは

ゲームクリエイターが生涯現役でいられる世界を目指して、
ノウハウ還流の場やクリエイター同士のコミュニケーション機会など、
クリエイターの生涯活躍を支援する活動をしています。
会社の垣根を越えて、業界全体が協力してクリエイター育成が出来る
仕組みづくりを日々模索しています。
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